見栄晴がしくじり先生で語った坂上忍との確執

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人気バラエティ番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」にて、タレントの見栄晴さんが、子役時代に無気力になっていた話を披露しました。

子役としての、実績は、十分だったはずの、見栄晴さんから自信を奪っていった理由とは何だったのでしょうか?

どうやら、あの、天才子役の存在が影響していたようであります。

今回は、番組を振り返りつつ、見栄晴さんの子役時代についての情報をまとめてみました。


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子役時代を経て、欽どこシリーズで知名度はトップクラスに

見栄晴さんは1966年11月13日生まれで現在49歳、子役時代には劇団いろはに所属して、様々な作品に出演していました。

1982年の『欽ちゃんのどこまでやるの!?』の番組リニューアルに伴い、中学生になった見栄晴役のオーディションに参加。

これを見事に勝ち抜き、レギュラー抜擢。見栄晴さんの存在が、全国に知れ渡った番組でもありました。

ちなみに、この頃は本名の「藤本正則」として芸能活動をしていましたが、この番組後に見栄晴という役名をそのまま芸名に変更しています。

そのくらい、見栄晴という名前は知名度が高く、現在の見栄晴さんの基礎であり原点となっているんですね。

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人見知りを直すために両親の勧めで子役に

このように、若くして一躍、人気タレントになった見栄晴さんが、先日放送された『しくじり先生 俺みたいになるな! 3時間スペシャル』に出演しました。

その番組にて見栄晴さんは、「一度も夢や希望を持ったことがない」というエピソードを披露したのです。

実は、子役になった理由が幼少期の人見知りを直すために、両親に薦められて入ったものであり、自分からやろうというのはなかったみたいですね。

しかし、所属した劇団ではそれなりにチャンスに恵まれ、数々のテレビ番組に出演することができました。

人見知りの見栄晴さんも、自分に自信が持て始めた時期であり、トップを目指して頑張っていたのでしょうね。

しかし、そんな子役時代が順調な時に、ある一流子役が見栄晴さんの自信を完全に打ち砕いたのです。

坂上忍の出現により自信喪失

見栄晴さんの、自信を打ち砕いた一流子役の名前は、坂上忍。

圧倒的なルックスと演技力で、子役時代に高い人気を誇りました。

坂上さんは現在も多数のテレビ番組に出演しているため、今の若い世代の認知度も高く、今では自身と同じく未来に羽ばたく芸能人の卵である子役育成にも力を入れています。

見栄晴さんにとって、坂上さんは1つ年下になりますが、この坂上さんの出現により、その圧倒的な演技力の前に完全に自信を失ったと言います。

また、欽どこ時代にも高い人気を誇っていましたが、全て萩本欽一さんに言われるままで動いていたため、自分でどうしたらいいんだろうなどの考える力を養うことができなかったということも語っていました。

まとめ

今回は、見栄晴さんの子役時代のエピソードを中心に紹介してみましたが、個人的にも確かに、子役時代の実績は坂上さんのほうが上だったと感じますが、やはり見栄晴さんにしかないものというのもあると思います。

優しそうな顔や表情というのも特徴であり、また、旅番組などによく出演するのですが、旅先の特徴などを伝える能力というのは非常に印象に残るイメージがあります。

誰かと比べるのではなく、見栄晴さんの良いところを、今後もテレビでお見せしてもらいたいですね

 

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